<北京・洛陽紀行>2019年11月4日(初日)

最終更新: 2月11日

(by S. Miyauchi, Professional Engineer, Doctor of Engineering, JSME Fellow)


 私は10 数回目、妻は3 回目の北京だが、11月4日の北京は真青に澄みきった広空の下。ふと7年前の2012年の西直門で、秋の高空に高々と100m は上がった沢山の凧を思い出した。清華大学の職員の鄭可心さんに空港までお出迎え頂きホテルへ。中関村東路を清華大学本部を望みながら成府路との交差を超えると、紫光国際交流中心。ここは清華大学の関連企業である紫光が経営のためか、シンポジウム等で北京へ来た中国人だけでなく、日本人の宿泊者もいた(日本の多数の大学や企業は、清華大学と共同研究や研究交流)。また6階の窓からは、頤和園の仏香閣の大楼や香山の塔が見えた。

 その日の楽しい夕食は、祝宝山先生ご夫婦と私と妻の4人で、ホテル南隣の清華科技園陽光庁の全聚徳。その夜は翌日の招待講演のため、4年ぶりの英語での発表の舌慣らし。長ったらしい英単語「Simultaneous」(同時)等をお経の様に何度も発音、妻は横で呆れていたが、漢字文化圏で英語を使う事の陳気さ、馬鹿馬鹿しさを今回、強く実感。ベトナムや韓国も含めた漢字文化圏の共通語としての漢字の便利さ、重要性を再認識した。清華大生とだけでなく市内の店舗でも、筆談で意志疎通可能。駅や町の看板の意味も判る。更に日本企業にとり、漢字は非関税障壁の1つ(欧米人には、漢字の習得は非常に困難)。伊藤忠商事は中国市場で好調で、三菱商事や三井物産を押さえ商社売上トップになったが、瀋陽で半年缶詰で中国語教育をするのは、世界、いやむしろ日本の競合会社へのこのアドバンテージ活用のためであろう。

 なお、日本語だけでなく韓国語やベトナム語にも、中国語の借用語(ベトナムでは。近世までは漢字でも表記)が多数あるが、その発音には借用時期の中国語音(南北朝から唐、宋代の中古音)の入声(内破音 )が残っている(韓国語ではパッチム)。また中国でも南部方言(上海語や客家語、広東語)には入声が残り、近世までの標準語・南京官話にも入声的発音がある。一方、現代標準語(北京語)には無く同音異義語が多いので、発音の弁別性に欠ける。そこで漢字文化圏での利便のため、漢字の発音を見直し、各国で共通化するのも有益であろう。また入声が復活すれば、李白や杜甫、王維の端正で美しい漢詩の押韻も甦ろう。

 なお英語は1066年のノルマンコンケスト(ノルマン人と共に多数、参加のブルターニュのブルトン人にはレコンキスタ)によりクレオー ル語化して屈折語から孤立語になり、煩瑣な名詞の格変化や活用(人称、時制、話法等)が無くなり、文法が単純化、また話者も多いので世界共通語の1つではあろう。ただ英語は16世紀に活版印刷と共に文字に定着したので(一説ではイギリス各地の印刷業者がてんでに文字化)、綴りと発音の不一致や非整合が他の欧言語(独語やイタリア語、スペイン語等)よりも大きい。またそれまでの口語の発音の省力化作用により、文法も語彙も風化・訛り(地域や社会階層間の)・劣化して整合性が欠ける。

  一方、日本語は、万葉仮名と平・片仮名以来、もう1400年以上、文字に定着し文法、語彙、音韻変化、綴りも安定、また合理性と整合性がある。現代の日本人が万葉集を理解可能は素晴しい。

 また清華大学の鄭さんとはスマホ翻訳し合って、意志疎通が十分できたが、近い将来には、ほぼ同時通訳した音声がイヤホンで聞けよう。即ち「スマホがあれば世界共通語は不要」(各国の文化やアイデンティティの上で、言語は重要)。日本の中・高校での英語教育の負荷も下がり(高校までの英語は、今の中学の英語程度で充分。専門英語は大学ですりゃ良かろう)、理系教育をより充実できよう。

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